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コラム①

 結構このブログを見て下さっている方多いんですね(^^;)
 しばらく試合等もないので、それまでのあいだコラムや管理人の戯れ言のようなものでも載せていきたいと思います。

 今回は、数年前に朝日新聞に掲載されたコラムからです。

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 『背番号16 声からして』郡山高校 高尾治寿選手
 平成12年8月11日付 朝日新聞 より引用

 思いもかけない知らせだった。奈良大会決勝の二日後。午前八時に森本監督から電話がかかってきた。受けた母親の数江さんから、甲子園でのベンチ入りを伝えられた。半信半疑だった。
 午後からの練習で、メンバーの発表があった。「16番高尾」。背番号を手渡された。実物を手にして「本当なんだ」と、やっと実感できた。
 奈良大会開幕の二日前のミーティングは気が重かった。登録メンバー18人の当落線上にいることは分かっていた。「ミスしたらまずい」。内野ノックを受ける動きがどんどん硬くなる。同じポジションの選手の動きも気にかかる。捕球でも、送球でもミスがでた。
 発表された18人の中に、自分の名前はなかった。覚悟はしていたけれど、つらかった。そんなとき中嶋主将からメールが来た。「高尾がすごく頑張っているのを見て、頑張れたんや」。気持ちを切り替えた。翌日からも普段通り、下級生の練習に参加した。ユニフォームはいつも真っ黒だった。
 そんな姿を森本監督が見ていた。そして甲子園でのベンチ入りが決まった。甲子園では一塁コーチとして声をからした。九回、ベンチで代走の準備をしたが、出番はなかった。
 中学三年の春、選抜大会に出場した郡山を見て、志望校を変更した。入学して、レベルの高さに圧倒されたこともある。必死でくらいついてきた三年間だった。
 「郡山に入ってよかった。楽しかった」。改めてそう思った。
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 試合に出場できる(させてやれる)人数は決まっている。特に人数の多い女子ならなおさらだとおもう。それぞれの弓道に対する気持ちに遜色がないのもわかっている。
 それぞれの事情や思いもあるだろうけども、そのなかで「選手には選手の」「選ばれなかった者には選ばれなかった者の」役割を果たしていくのが部活動であり、兵庫県立大学体育会神戸支部弓道部であると思う。「チームとして」何が出来るかをそれぞれが考え行動できるようになったとき、「弓道部に入ってよかった、今まで頑張ってよかった」と心から言えるのだと思う。

 

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